働くこと

働くこと 自分哲学

仕事は何のためにしているのか?
お金のため、生活のため、楽しいから、人との触れ合いが好きだから、など。
人によって仕事へのモチベーションは色々だと思います。

自分の場合は、その仕事に就きたいと思った初心を大事にしているから続いているのかなと思っています。もちろん、働いていたら、描いていた理想とはズレて行っていることに絶望を感じてしまうこともありますが、大事なのは諦めないことと思って、ぼちぼちやっております。

仕事の量に見合った収入がないと文句がでる。
収入があっても気に入らないと文句がでる。
満たされているようで満たされていない仕事。
楽をしてお金が手に入る方法を必死に模索する、いわゆるコスパ至上主義になっていく。
コストに見合ったリターンを求めるようになる。

収入は生きていくために必要になるかもしれないが、それに縛られてしまうと、寄り道の楽しさがなくなってしまうように思う。
人生の醍醐味は、無駄や回り道にあるのかなと気づき始めた今日この頃です。
これって、無駄だなぁと思いつつもその時間を過ごすことによって形成される自分の時間や世界観があると思う。
何でも効率よく、リターンを期待して行動していくと、うまくいっているようで、行き詰まる時がきてしまうことを知っている。
常に生き方は、自分の軸を大切にしつつも、柔軟で、神様からみても楽しそうで手助けしてしまいたくなるような生き方をしていきたいなと思っています。

仮に、仕事はしてくれるけど、コスパ至上主義の人と、仕事はそこそこだけど人情味に溢れていて、打算があまりない人であれば、後者に好印象を感じます。
これにつけ込む人はいるかもしれないが、少なくとも自分がつけ込む側にはなりたくないなと思う。
人に好かれるように媚びるわけではないけど、どのような人が好かれるのかと考察し、模索してみることは大事なんだろうなと思っています。
仕事を任せてみてもいいかなと思えるような人になる。

それは突き詰めていくと、人間関係に集約されるのかもしれません。
仲間内でだらだらになるのは良くないですが、ある程度本気でぶつかっても嫌な気持ちのしない関係で、間柄で仕事ができると素敵だなと思っています。

仕事は内容も大事だけど、人間関係がキーになるなと思います。
その人のためになら頑張れる。その人に頼まれても嫌な気がしない。その人と働いていると楽しい。
それはきっと他愛のない話や雑談から、そういう素地が育っていくのかもしれません。
そうすると、はじめの方で触れた、無駄というものが生きてくるのかもしれません。
突き詰めれば、その無駄な部分が個人の特徴・個性になっていくんだと思います。

自分であれば、本職と関係のない料理やお絵描きがそれにあたりますが、それがきっかけで話が広がることもあるくらいです。

働くとは、社会の穴を埋めること。
働くときには、人間関係が大事になるから、もっと無駄力を磨いてみる。こんな感じのまとめで締めくくりたいと思います✨

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