自分は日本人である。
この自覚を支えるものはなんだろうか?
おせち毎年食べて、初詣に行ってる。
お茶を飲んでいる。
仏壇があって先祖を敬っている。
日本語を話している。
日本に住んでいる。
日本食を食べている。
礼儀や節度を重んじる。
そんなところだろうか?
最近、国内を旅行してみて、沢山の海外の人を見る。
中国や韓国をはじめとするアジア圏の人やヨーロッパの人も。
ここは日本なのだろうか?と感じるほどに多い場所もある。
旅館には海外の人しかいないのかしら?というくらいの比率で外国の方がいる。
電車に乗り大声で話す人などをみて、少し違和感を覚える。
道行く人の7割ほどが海外の人という肌感覚になんとも言えない感じになった。
ここどこだろう。。。(・?・)
ここから先は、海外旅行者のことを事細かに書くことから離れて、自分の日本人としてのルーツ、ソースを辿ってみたいと思う。
第三者のことは推測になってしまうことは多いものの、自分のことであれば自信を持って書ける部分や書きたくないことなど、手にとるようにわかるからである。
自分が日本人になったのは約四半世紀前にこの世に生まれ落ちてからであるが、マザータング、母国語というように、子どもを育てることを大切にしている母親のもとで育った。
幸いにも、祖母の方言を聞いて育ったおかげで、都会に出て馬鹿にされるくらいの方言は身についていた。
写真を見返してみても、とても田舎な場所に暮らしていたなぁと感じる。
畳、障子、襖があり、仏壇や神棚があった。
小さい頃から、なむなむと唱える祖母の声を聞きながら、いつしか面白半分で始めた般若心経は空で言えるようになっていた。
一年を通じて、正月、節分、ひな祭り、こどもの日、七夕、お彼岸などの行事を大切にしていた。
そんな重たい人形を出さなくてもいいじゃないか。もう今年はやめにしたら?と思うこともあったが、いざ出して並べてみると見入ってしまうくらい綺麗な人形達だった。
人形作りの技術の高さやそれを買い与えてくれた親類に感謝の思いを抱く。
外食は誕生日などの行事の時程度であり、基本的には家で作ってもらっていた。
買えば高いとわかると、材料を買って自分で作ってしまう家だった。
簡単な佃煮から味噌に至るまで手作りだった。
お弁当に冷凍食品がなくて、少し寂しい思いをしたこともあったが、今思えばなんとも贅沢な子供だった。
こうして育った子は、いつしか周りとの違いを感じると共に、周りの子が口にするようなものや食文化に触れてショックを受ける。
味はするけど、美味しくない。。。上手い表現が見つからないが、食べ物を食べている感覚を感じられないが魅了しようとする味付けに舌を持っていかれそうになった。
美味しいはまやかしなのかもしれないと察しつつも、その味に浸り、周りと一緒に過ごした中高時代。いや、大学の方がそうかもしれない。
○○が食べたいと思ったときには、人はその食べ物に支配されてしまっているし、缶ジュースを飲みたいと自動販売機に向かうようになっているときに人はサトウの奴隷になっているのかもしれない。
両方の面を味わってみて思うのは、自然がいいということ。
自然からかけ離れていればいるほどに人は疲労感を感じ、常軌を逸するようになる。
日本人とは何かを考える前提として、自分を考えるきっかけが、海外の観光客から得られたわけであるが、自分はどこまで行っても面白い存在であり、掴み切れない。
自分がどんなことをするか、どんなことが好きかを知ってはいるが、100%わかり切れないところもいい。
そういう適当さと曖昧さを持ち合わせつつも、丁寧に仕事を行っていくことのできるのが日本人だ。
相手の行動を察し、先を予見し、その後には相手のことを祈ることができる。幸せでありますように。良きことがありますように。そうできるのが自分の思う日本人だ。
いつ、どこにあっても、その精神性を忘れぬことが大切だと思う。
これからは、古事記も含め、日本の古典を勉強していく。
コメント